経営者インタビュー > 最高到達点が無いからこそ、いつまでも勉強 / 有限会社 白川…

最高到達点が無いからこそ、いつまでも勉強 /
有限会社 白川農園 白川 哲社長(1/3)



経営者となるまで


白川農園の白川社長が、農業の仕事を覚えてから経営者となるまでのお話をお聞きしました。

–農家の仕事というは、どれくらいで覚えられるものなんでしょうか?

白川社長 「一通り覚えるのは1年もあれば大丈夫ですが、やはり作るという事は一生行き着く所が無いわけですから、いつまでも勉強ですね。

ただ親父から経営移譲を受けるまではやっぱり使われているという感覚。難しい事は親父が考える、俺はとにかく労働力として一生懸命働けば結果は付いてくるっていう甘えみたいなのがありました。

親父が65歳になった時に経営移譲ということで、昭和57年か8年になるのかな、丁度私が28くらいか。

その時に親父が経営移譲するということで、それこそ形ばかりではなくて、「財布から帳簿から一切全部お前がやれと」いうということを言われまして、そこから経営者としての自覚が出てきましたね。」

経営者となって変わってたこと


白川 「やることは一緒ですけど、立場が違うと人間変わってきますね。

やっぱりよく「うちの子はいつまでたっても親に甘えて」とか言っているお父さん達は逆に一つの部門を完全に任せきる、口も出さないとか、もう思い切って子供に全部経営を任せて、逆に自分達の時間をちょっと取って、聞いてきた時にサポートしてやるとか、そういう家族内での位置関係をしっかりしてやるといいのかなと思いますね。

自分は経営者だっていう自覚がないと、甘えがそこにどうして出る、親がおるから最後は親が何とかしてくれるとか、赤字が出たときは親が補てんしてくれるとかそんな甘えが出てしまうというかね。

自分も任されてみると「俺が小さいながらも一国一城の主だ」っていう思いより、現実としては「この経営を俺の代で終わらせるわけにはいかない」っていうその先に不安の方がドンと来ましたね。

それなりに親父が評価を受けていたから俺で凹む訳にはいかないというところはあったね。頑張るしかなかったですけどね。

だけどやる中でどんどん見えてくるものがある。自分で俺だったら経営するっていう所があって、今までやってきた流れとは違う物を入れて効率化も測ったりとか、面積も増やしたりとか、栽培の一連の電車の時刻表みたいに一年中作業を作っていくんですけど、そこの所がかなり変えましたね。」





有限会社 白川農園
- 公式ホームページ


>> 続きを読む